プロフィール

はじめまして。山本哲也(テツヤマモト、やまてつ)です。
この度は当ブログに来ていただきましてありがとうございます。

ここでは簡単に自己紹介をさせていただければと思います。

群馬にいた頃

草津の湯畑の写真

自分は群馬県草津町で生まれ、中学2年までこの地でのほほんと育ちました。

草津はご存知の通り、温泉街で夏は暑く冬は寒いというわかりやすい気候です。

この頃は音楽にはあまり興味を示さず、TVゲームをやってるかスキーをやってるかでした。ちなみに勉強はそれなりには成績がよかったです。

こんなインドアな人間なので、中学の頃はイジメたりイジメられたりそれなりに問題は起こしていました。

こんな状態が中2まで続き、親にも迷惑ばっかりかけていました。

そんなある日、父方の祖父母が「東京にいけばそんなことはないよ。来てごらん」という誘いを受けて中3には上京しました。

上京してから高校生まで

中3で上京してからは、早速高校受験ということで毎日猛勉強。

群馬県は当時の教育水準としてはかなり下の部類らしく(今はわかりません)、授業についていくのが精一杯でした。

自慢じゃないですが、草津のころの通信簿は常に4とか5ばっかだったのに東京に来てからは2や3ばっかで1学期の終業式には泣いて家に帰ったのを覚えています(笑)。

それでも、なんとか頑張ってとある高校に合格!努力の反動からか高校生の頃はカラオケかゲーセンに入り浸る毎日でした。

その時は音楽にはそれなりに興味を持っていて、当時はGLAYB’zばっかり聴いていました。でもギター弾きたいドラム叩きたいとかには至らず、リスナーとして音楽に関わっていました。

そんな毎日なので、高3になっても特にやることは見つからず勉強もロクにしていないので普通に浪人しました。

ドラムマニアとの出会い

浪人中も予備校で3時間ぐらい勉強して、あとはゲームセンターで遊ぶというどうしようもない生活を送ってました。

しかし、ここで出会ったのがドラムマニアというゲームです。

当時はフロアタムも左足もないなんちゃってドラムみたいなものですがもの凄くハマりました。

今、思うとこの時に本当の意味で音楽に目覚めたのかもしれません。

自分はこれを利用し、「ここまで勉強したら1回やる」と決めてそれが出来たらゲーセンで遊ぶとルールを決めました。

そのおかげで勉強に集中し、わずか2~3時間でも偏差値は70くらいにはたどり着きました(過去の栄光)。

ゲームができるのなら、リアルでも

そして、晴れて大学に無事に受かったものの普通に授業を受けてゲーセンというのも何かなぁ?と思いサークルに入ろうと思いました。

そこで偶然見つけた軽音サークルにそのまま入部。楽器は当然ドラムを選択しました。

「ゲームでも出来るし簡単だろ?それにドラムって出来たらモテそうじゃん?」

と完全にタカをくくってましたが、これが今となっては大間違いでした。

最初はスティックの持ち方すらもわからず、リムショットで何故か左足の太ももを叩いてしまうぐらいセンスがなかったです。

しかし、色んなことが出来るようになってくると楽しくて仕方がありません。高校生の時とは違う充実感でいっぱいになりました。

当時は人数の多いサークルにも関わらず、ドラマーが少なかったので先輩後輩問わず色々な音楽に触れることが出来たり色んなバンドで演奏させていただきました。

そして、あっという間に大学3年になり就職活動をするか否か迷っていたのですが、

「一度きりの人生でやりたいことをやろう!」

と決心しドラマーの道を志すことになりました。

そして、メーザーハウスへ。

しかし、ドラマーになろうと決めたのはいいですが、大学時代に色んなバンドで腕を磨いたとは言っても所詮は我流。

やはりちゃんとした教育を受けるべきだと音楽の専門学校に行ってみようということで、早速色んな学校のパンフレットや体験レッスンを受けに行きました。

散々悩んだ結果、三軒茶屋にある音楽学校メーザーハウスに決め入学しました。

在学中は菅沼孝三、見砂和照の両氏に師事を仰ぎ、両氏の懇切丁寧な教えのおかげでさらなる対応力を身に着けることが出来ました。

ここでは本当に暇があればドラムをたたき、まさに朝から晩まで音楽漬けでした。フュージョン系の音楽にどっぷりハマってたのもこの頃です。

初めてのバンド「SUNPLOT」

メーザーハウスを卒業後は、在学中に知り合ったメンバーを元に結成したハイテンションロックバンドSUNPLOTで約6年間活動していました。

そのバンドでは大御所バンド「ニューロティカ」のワンマンライブのゲストバンドとして一度抜擢されました。

あとはひょんなことから渋谷のO-EASTのイベントにも大トリとして出演しました。

大きな経歴としてはこのくらいですが、この時のライブは生涯忘れることはないでしょう。

しかし、色々あってSUNPLOTは解散しました。

そして、このブログを立ち上げた

SUNPLOTを解散してからは他のバンドのサポートだけに徹していました。

やはりバンド活動から離れていたいというのと音楽だけでは今の時代認めてもらうのは難しいということを痛感し、もっと自分という人間を表現しようと思いこのブログ「とあるドラマーのアタマの中」を立ち上げました。

ちなみにこのブログはWordPressというブログシステム(CMSと言うらしい)で作りました。

プログラミングもロクにしらない自分がWordPressから作ろうと思ったのは、アメブロやはてなブログとか他の人がやってそうなブログシステムでは差別化できないからと思ったからです。

“CODOMO”SQUADとRed Spiral Sheep

"CODOMO"SQUAD

Red Spiral Sheep

そんなある日、父と共通の友人で知り合ったギターの阿部くんからバンドをやろう!とオファー

ついに念願のインストバンド“CODOMO”SQUADを結成しました。

インストバンドは以前からずっとやってみたいと思ってたので、これは本当に嬉しかったです。その分わからないことだらけなのでリハの一回一回が本当に勉強です。

また2017年にはRed Spiral Sheepというバンドも始めました。こちらは歌モノのロックバンドということで自分自身歌モノとインストの境を行ったり来たりしています。

少しでもドラムを志している人の役に立ちたい

前置きがかなり長くてごめんなさい。そしてここまで読んでくれた人がもしいたら本当にありがとうございます。

このブログでは、そんな今までの音楽活動の中で学んできたドラムや音楽に関してだったり2つのバンドの経験から学んできたことを書いています。

ハッキリ言って、自分はドラマーとしてはそこまでの実績がある人間ではありません。

ですが自分の唯一の武器だと思ってることがひとつあります。

それは19歳というかなり遅い時期ドラムを始めたにも関わらず、ここまで成長を続けてこれてかつ、今もドラムを続けてこれているという経験です。

なので、初心者の気持ちというのは痛いほどわかります。

これからドラムをはじめる方だったり何かに行き詰まっている方にほんの少しでもお役にたてられるのなら幸いです。

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